読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

smallpalace's blog

鯖缶主婦の日々の記録です

今週のお題「私のお父さん」

今週のお題「私のお父さん」

ということで書いてみましょう。

 

実父のことでいいのかな。私が大学生のとき、すこし早くに亡くなってしまったんですが、思い出を書いてみます。

 

私の父は亭主関白な感じのきびしめな人でした。性格は短気。

妹いわく、私はよく理不尽な怒られ方をしていたそうです。そうかもしれない。

小さい頃はお父さん怖かったです。ぶったり手が出るのは嫌だった。父がすこし年取って性格がまるくなってからはそうでもなくなったかな。

まあ父は短気で母はのんびりでバランスがとれていたんじゃないかと思います。

海と魚と船が好きでよく色々つれてってもらいました。

父は小さい頃、父の母のお魚屋さんを手伝って魚をさばいていたらしく、アナゴとかをきれいにさばいてくれて、みんなでアナゴ寿司をつくったりしてました。

私は長女で一番手伝えみたいな雰囲気になりやすいため逃れられず延々と野菜を細かく刻み続ける作業がちょっと大変だったかな。おいしかったけど。

富津の沿岸のお魚屋さんまでゴム長靴で大量に買いに行くもんだから魚屋と間違われてました。

お正月にはいい蟹とかフグを仕入れてきて親戚のあつまりにもってって喜ばせたいみたいな感じでした。

船の免許一級もってるといってた。バブルの時期にモーターボート保有してました。

夏にはいろんなところに旅行にいきました。場所はあんまり覚えてないんですが、けっこう日本全国いったっぽいです。小さい頃は伊豆のメラというところが多かったかな。

お酒だいすきタバコぷかぷかでよく追加の酒を買いにお使いにいきました。いつものウィスキーと子供らのアイス。タバコはわりと迷惑でした。

 

園芸も好きでしたね。庭の花壇のところにおく石を探しに山の中の沢までとりに行ったりなどしていました。。

つりも好きではぜつりとか行って私が3歳の頃にちっさいフグつった記憶がのこっています。なんか多趣味だったなあ。

 

仕事は板金屋さん。精密金属加工業というやつです。フィルムメーカーのサプライヤー。父の兄が社長してる有限会社の工場長でした。小さな会社なので忙しいときは母が手伝ったり私もお小遣いもらってケトバシとかやったりしてました。

仕事から帰ると毎日お酒を飲み、よっぱらいながら母に仕事の話とか愚痴を勝手にしゃべってる感じでした。なんかいい夫婦だったなあ。うらやましい。夫は私と必要最低限の会話しかしないっていうか平日家にいなくて休日寝てる。労働時間が長すぎるんですね。

 

今も生きている黒猫アーナというのが実家にはいて、私が家の脇でひろったやつです。その子を父は気に入っていて赤ちゃんみたいにかわいがってました。でも最初は父に内緒でこっそり飼っていたのです。ある日アーナは父にみつかって雨の降りしきる外の庭に投げられたのでした。でもそのあと懐柔されました。きっかけは覚えていません。アーナが親父キラーだっただけかもしれません。旅行のとき預かってもらった親戚のおじさんも、いい猫だと言ってお年玉にマタタビの木片をあげていました。

 

いろいろうるさいこともためになることもたくさん言われました。お父さんが言うことは正しいことなんだと素直に受け取る長女気質。ゆえにそれらの言葉は私の人生に今も深く影響してると思います。私は見た目も父に似てるしね。絵心もたぶん家系。父と母の描く絵をみたことありますが一般的なレベルよりだいぶ上だったように思います。なんというか手先の器用な職人気質家系っていう感じかなあ。たぶん。

 

とりあえずしんみりしない範囲ではこんなところでしょうか。

天国で見守ってくれているといいな。父の日に墓参りいって花でも供えようかと思ったけど、義父にプレゼントもっていって力尽きたので、今週末にでも娘と一緒に行こうかと思います。夫は働きつかれて寝てそう。ごろごろしてる夫に「どっかつれていってよー」という娘の姿が思い浮かびます。最初からあきらめてて私に言ってくるかもしれないな。

おとうさんありがとうは墓参りのときに直接言います。

 

では読んでいただいたかた、ありがとうございました。

またそのうちに。