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smallpalace's blog

鯖缶主婦の日々の記録です

たまに女性で鯖管珍しいといわれる

こんにちは。焼うどんに納豆をのせてみたら美味しかったです。smallpalaceです。

 
たまに女性なのに珍しいよね〜と言われるので、なぜサーバーオペレーターとかやってるのか思い出してみることにします。
 
学生時代はぜんぜん理系でもなくて、教育大の芸術学部の彫刻専修で彫刻研究室に所属していました。(もともとレアキャラといわれても全く否定できません。)
その道を極めようとかはあんまり思ってなかったかな。楽しかったからそうなったみたいな。大きな影響としては父がとくに応援してなかったというか、公務員になれとか美術は趣味でやれとかハタチになったら出ていけということをずっと言われつづけてたのがありました。現実として就職先を自分で見つけるのも難しかったわけです。自分が希望するというよりは需要がある仕事について役にたちたいし、まともにお金をもらいたいと思ってた。今でもそうです。
 
それでどうしたかっていうと、しばらくバイト(レストラン派遣ウェイトレスとか)してました。で就職セミナーみたいなところで勧誘してるネットワークとサーバーを教える学校の営業の人に引っかかってその学校に4ヶ月通ってMCPCCNAをとり、学校づてに会社に入りました。
そこから二重派遣でN社系列の会社で少し技術的な知識も必要な営業事務的な仕事をしてました。となりの同僚の人に大変お世話になりました。二年くらいかな。
その間に土日に派遣元で無給で勉強になるからとサーバー構築管理をチームの下っ端としてやってました。手順ととのえてたおかげでカミナリで壊れたサーバーを手順どおり復旧できたという忘れがたい事件もありました。
この頃に私が手順に意味をいちいち調べて書いてるのを見た先輩に向いてるって言われたのでした。たしかに無給じゃないほうの居眠りこいてた仕事(ヒマだったんです)と違ってこっちのがぜんぜん面白いし(rootの万能感とうまく行った時の達成感が魅力)のちのちつぶしがききそうだなーと思ったので、ちょうど結婚することになってただ働きさせる会社はやめて転職しました。
 
で、いろいろあって今の会社に派遣で入れてもらえました。まだ二十代半ばでした。なんにも知らなかったので、いろいろ教えていただきました。サーバーとネットワーク運用をするグループです。体系的な知識を得るのにはやっぱり資格の勉強がいいってことでLPICとりました。1は割とたいしてがんばらなくても取れたかな。2は毎晩喫茶店やレストランで勉強してた。夫は遅いのでご飯別々だったしわたしも頑張るかーみたいな。調査でSQLつかうこともあったのでオラクルブロンズもとりました。
まあそのLPIC2のおかげで社員採用されました。4年くらい前かな。
研修とかは特に受けてなくてこんなおかしな経歴なので、いろいろ偏ってて知らないことばっかりな気がします。
 
主に勉強目的で自宅サーバーを部品から組んで日記と備忘録ノートにしてましたね。ただ友人には意味がわからないと言われ、会社ですらNAS冗長化成功してプロトコル変えて安定さしたら同僚に、そんなことする女キモいと言われたりなどしました。ネットでは彼女が鯖管とかヤダという意見を見かけるなども。でもその方達は生計を共にする者でないわけで。自分の成長を阻害するお金くれない人の同調圧力に屈するなんて馬鹿げた話です。ちょびっとだけ落ち込むこともあったけど、相方は認めてくれているし広い範囲にモテる必要も無駄に馴れ合う必要もあんまり無いので好きなように生きていくことにしてます。
 
思い出しました、サーバーにログインしてする仕事が楽しいです。たぶん、私が楽しいと感じるかつ価値を提供できてそうなのってこれだけ。なんでやってるかって理由はそれくらいだなあ。
刺身タンポポ的な興味もてないことするのは無理なタイプな気がします。あと目的とか背景とかがぼんやりしてると力のかけどころがずれるので、それらを確認してほんのちょびっとだけ期待を越えるのを目指したい感じですかね。
 
ついでだから今の会社に入ってからどんな仕事をしてきたかを軽く書いておきます。
 
最初は、監視サーバのことや証明書の更新やDNSの登録DCで立ち合いや棚卸しとかOS入れたりシェルスクリプトをつかう登録業務等だったかなあ。手順書サーバーなくて口頭で教えられたことを手順におこしたり。
少し物覚えがよくなってきたころ、ミドルウェア導入設定やFW登録等をもらった手順等にしたがってやったり。
課金系のちょっと手間のかかる運用業務のおかげで、早く帰りたくて自動化するためにシェルスクリプト覚えたりもしました。そのころスクリプト書く時間があって書ける人が少なかったので、けっこういっぱい書いてたかも。バックアップやログの集計や切り回し転送削除など運用系のやつ。この頃には手順サーバも与えられて私のノート状態でした。
で、昔からある着メロ系の2年がかりのリプレイスにあたってと、別の無料の携帯系サービスのサーバー構築運用担当になったのをきっかけに、apacheでバーチャルホスト切りまくったりnasのDRDB冗長化とかmysqlのパラメータ調整などに苦しみ技術書自分でいっぱい買っちゃったりググりまくったりサポート問い合わせしまくる感じになってきました。無料サイトってユーザー数すごいので、パフォーマンス関連あまい設定だと夜中起こされて寝れないぜムキーてなりました。この時頑張っていたのは主に寝たいという根源的な欲求によります。
いろいろサービスが終わったり、プロバイダー事業が切り売りされたりデータセンターラック貸しが下火になってきたおかげで暇になり、所属してた運用部は自力で稼ぐ必要がでてきました。たしかこの頃にFWのコンフィグ収集してXoopsのモジュールのテーブルに入れてweb表示させるシェルを作ったかなあ。
世間ではソーシャル系ゲームが流行ってきた感じの頃。そんなわけでソーシャル関連のMSPやることになりました。他の会社のサーバ構築運用もやることになったわけです。他社の環境なので大変なことにならないようシングルポイントがなくて運用しやすいようシンプルに構成考えたり、手分けして検証したり営業資料作ったりもしてたかな。当初はやっぱり負荷に苦しんでました。それと仕事量が増え過ぎてみんな疲弊してってた。手順化徹底と優秀な外国人選手投入的な人事で解決してました。この頃DBパラメータチューニングとスレーブ追加や運用系スクリプト書く等ほぼ私がやってたような気がします。
しばらくして子供ができて産休育休を1年ほどとりました。3ヶ月で戻ってきますよね!という後輩もいましたけども、ちょっとむりですねー法律で決められた休んでいい期間やすみますーということにしました。
産休育休開けたら他の人がいろいろできるようになってたしクラウド環境も某社の案件のおかげでめちゃ増えてました。人もだいぶ入れ替わってました。
ザ浦島太郎。1年でこれかーという。
今は時短につき案件貼り付けないので、主にR&Dな感じで社内では誰も手をつけてないところに下っ端として切り込んでく係りをしてます。あんまりトンがった集団でもない気がするので、ちょっと孤独なだけで大変ではないかも。まあ今まで通り裏方です。今までと違うのは残業が一切出来なくなったために切羽詰まった検証の時は一週間くらい朝イチ終電みたいな働き方が出来なくなったこと。もともとのみこみ遅いし頭いいわけでもないのを時間をかけてカバーしてたので、いま超低速ベストエフォートな感じです。まわりは光だけど私ダイヤルアップ接続みたいな。それを責めるような人は居なくて職場と人に恵まれているなあと思います。ありがたいことです。
ただ時々こんなに甘やかされていていいのか自問自答することもなくはないです。もっとがんばらないとな~と思うけどとりあえず目の前の課題を片付けるのでいっぱいいっぱいというところ。悩んでも解決しないことは悩んでも無駄なんでなるべく気にしないことにはしてます。まあ無理して家庭というか子供にとばっちりいかない程度にがんばる感じかな。
 
では長々失礼しました。読んでいただいてありがとうございました。
ジメジメ暑くなってきましたがお腹は冷やさないようご自愛ください。
またそのうちに。